縁起達磨(だるま)の衣はなぜ赤いのか/由来・発祥と眉やひげ等の意味 [ 縁起物]
◆ダルマの由来 「だるま」は、日本人にとって身近な縁起物ですよね。合格祈願、選挙の必勝祈願、子宝祈願、商売繁盛など願い事の祈願などに、現在でも様々な用途に多く使われています。 ※選挙で「だるま」が使われようになったのは、1930年の総選挙で長野一区の立候補者が使ったことが始まりで、1955年頃から一般化したのだそうです。 この「だるま」の由来は、インドの皇子で禅宗の開祖でもある達磨大師(=本名:菩提達磨(ぼだいだるま))なのだそうです。 重心が低くて転がしてもすぐ起き上がる(=七転び八起き)安定した形の「だるま」は、あるべき心の姿を示していて、どんな困難でも対処できる落ち着きや忍耐力を現しているのだそうです。 崇山少林寺に住み、九年間壁に向かって座禅を続け身動き一つしなかったと伝えられている達磨大師の精神に基づき、「開眼」(=一方の目を書き入れる)を行い、両目が入るように祈願をするとのことです。 ◆縁起だるまの発祥 縁起だるま(=福だるま、高崎だるま)の発祥の地は、水戸光圀が帰依していた中国僧・心越禅師が開いたといわれる群馬県高崎市の少林山達磨寺なのだそうです。 約200年前の天明3年、浅間山の大噴火などの多くの天変地異により、大飢饉が起こりました。 その時、天変地異の邪気を祓って農民を救うために、達磨寺の9代目住職である東嶽和尚は、心越禅師が描いた「一筆書きの達磨像」を木型に作って張子だるまを農民に作らせ、七草の縁日に売り出されたのが「縁起だるま」の始まりだそうです。 そして、その後に東京都の多摩に伝わっただるま(=多摩達磨)の製法が、神奈川県平塚市に伝わり、長島家が独自で作り始めたのが相州だるまの起源だそうです。 相州だるまの特徴は、恐い表情の中にある和やかな顔、赤い衣に丁寧に描かれた豪華な模様です。なお、金目でヒゲ付きのだるまも個数限定で製造されています。
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